初心者のための天体写真の画像処理ガイド 導入編

ビクセンVSD70SSのインプレッション 初心者のための天体写真の画像処理ガイド
導入編



はじめに

風景写真や人物写真とは異なり、星雲や銀河は非常に暗いため、最初は思い通りの仕上がりにならないことが多いものです。また、天体写真の画像処理には専用のソフトが必要となり、どれを選べばよいか迷うこともあるでしょう。
このガイドでは、天体画像の基本知識から、天体写真用の画像処理ソフトウェアの紹介、処理の流れまでを複数回に分けて解説します。この記事を参考に、撮影した天体写真をより鮮やかに仕上げてみましょう。なお、近年主流となっている冷却 CMOS カメラで撮影した画像を中心に説明します。



天体写真の基礎知識

天体写真の画像処理を始める前に、基本的な知識を押さえておくと、ネットで調べたり専門書を読んだりする際に理解しやすくなります。



天体写真の画像処理の必要性

星雲や銀河は非常に暗く、長時間露光をしても背景の宇宙にぼんやりと浮かび上がる程度の明るさしかありません。そのため、撮影した画像をそのまま見ると、ほとんど真っ暗で、ヒストグラムを表示するとデータが左端に寄っているのがわかります。



この左端に寄ったデータを引き延ばし、適切に強調することで、星雲や銀河の姿をはっきりと表現できるようになります。
天体写真に興味を持った方なら、ネットや雑誌で鮮やかな天体写真を目にすることが多いでしょう。しかし、それらの写真も撮影時点では同じように暗く、画像処理を施すことで、あれほど鮮明な星雲や銀河の姿に仕上げているのです。



撮影画像のファイル形式

デジタル一眼カメラで撮影した画像は、各メーカー独自のRAW形式で保存されます。一方、冷却CMOSカメラをはじめとする天体撮影専用カメラでは、FITS形式(Flexible Image Transport System)が標準的に使用されます。FITS形式は天体画像の保存に適しており、天文学の分野でも広く採用されているファイル形式です。


ただし、FITSファイルは一般的な画像表示ソフトでは開くことができないため、天体写真専用のソフトウェアを使用する必要があります。



バイアスフレーム、ダークフレームとは

天体は非常に暗いため、カメラのシャッターを長時間開き、センサーに光を蓄積することで撮影します。しかし、その間にカメラのセンサーには電流が流れ続け、内部回路の影響や発熱によってノイズが発生します。このノイズを補正するために使用されるのがバイアスフレームとダークフレームです。


・バイアスフレーム:露出時間を最短(実際には0秒に近い)に設定し、カメラに蓋をした状態で撮影した画像。センサーの読み出しノイズを記録します。
・ダークフレーム:天体を撮影した際の露出時間と同じ時間で、カメラに蓋をして撮影した画像。センサーの熱ノイズを記録します。
どちらも一見真っ黒な画像ですが、よく見るとノイズが点々と写っているのが確認できます。



フラットフレーム

フラットフレームは、光学系に生じる周辺減光やゴミの影響を補正するための画像です。望遠鏡にカメラを取り付けた状態で、均一な光源を撮影することで得られます。フラットフレームを使うことで、画像の明るさを均一にし、より自然な仕上がりに補正することができます。




ダーク減算とフラット補正

ダーク減算とは、撮影画像からダークフレームを差し引くことで、画像に含まれるノイズを低減する処理です。一方、フラット補正は、フラットフレームを用いて撮影画像の周辺減光を補正する処理で、それぞれ本格的な画像処理の最初に行う重要な事前処理となります。海外ではこれらを総称して「キャリブレーション処理」と呼ぶこともあります。なお、ダーク減算にはバイアスフレームを併用することもありますが、最初のうちはダークフレームのみを使うと覚えておけば問題ありません。



スタッキング処理

スタッキング処理とは、撮影した複数の画像を重ね合わせてノイズを平均化し、目立たなくするための手法です。ソフトウェアによっては「コンポジット」や「インテグレーション」とも呼ばれ、赤道儀を使用して同じ天体を連続撮影する天体写真ならではの技術です。画像を滑らかに仕上げるためには欠かせない重要な処理です。



冷却CMOSカメラで撮影した画像の保存先

デジタル一眼カメラの場合、撮影データはSDカードに保存されますが、冷却CMOSカメラの画像は、カメラを接続したパソコンやASIAIRの保存フォルダに記録されます。そのため、画像処理を行う際は、事前に画像データを処理用のパソコンへ移動させておきましょう。



天体写真の画像処理用ソフト

一般的な写真の編集には Photoshop などの画像処理ソフトが広く使われていますが、天体写真では FITS 形式の画像データを扱う必要があるため、専用の処理ソフトが求められます。ここでは、日本の天文ファンに人気のある天体写真処理ソフトをご紹介します。



ステライメージ9(有償)


日本のアストロアーツ社が開発・販売する Windows 用の天体画像処理ソフトで、2025年3月下旬に最新バージョンのステライメージ10がリリース予定です。ダーク・フラット補正はもちろん、スタッキング処理や画像復元処理など、高度な画像処理機能も備えています。

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PixInsight(有償)

スペインの Pleiades Astrophoto S.L. が開発・販売する天体写真用ソフトウェアで、Windows に加え macOS でも利用できます。世界中に多くのユーザーがおり、日本でも使用者が増えています。独特なインターフェースのため習得には時間がかかりますが、非常に多機能で高度な画像処理が可能です。
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Siril(無償)


オープンソースで開発された天体写真用の画像処理ソフトで、Windows、macOS、Linux に対応しています。操作に慣れるまで時間がかかりますが、天体写真の基本的な処理機能を網羅しており、日本でも徐々にユーザーが増えています。
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DeepSkyTracker(無償)


天体写真のダーク・フラット補正とスタッキングに特化した無料ソフトウェアです。シンプルなインターフェースで初心者にも使いやすく、比較的短時間で処理が完了するため、天体写真の前処理用ソフトとして広く利用されています。

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ASIDeepStack(無償)

天体撮影用 CMOS カメラメーカー ZWO 社が提供する総合ソフト「ASI Studio」に含まれる画像スタッキングソフトです。画像閲覧ソフト ASIFitsView とともに ASI Studio 内に搭載されており、ダーク・フラット補正やスタッキングが可能で、前処理用ソフトとして活用できます。
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体験版や無料ソフトでまずは試してみよう

さまざまな画像処理ソフトを紹介しましたが、初心者にはガイドブックが用意されている「ステライメージ」が人気です。画像処理の操作に慣れてくると、より高度な機能を求めてPixInsightを導入し、両方を使い分ける方も多いようです。
また、オープンソースで無料のSirilも一定の人気がありますが、こちらもある程度画像処理の経験を積んでから使い始める方が多い傾向にあります。


一方、DeepSkyStackerやASIDeepStackは前処理専用のソフトであるため、これだけで画像処理を完結させるケースは少なく、その後にPhotoshopやAffinity Photo2等で仕上げ処理を行うのが一般的です。
いきなり画像処理ソフトを購入するのはリスクが高いため、まずは無料ソフトや体験版を試してみるのがおすすめです。ステライメージは30日間、PixInsightは45日間のトライアルライセンスが提供されており、購入前に使い勝手を確認できます。



天体写真の画像処理の流れ

撮影した天体写真は、以下のような流れで処理を進めていきます。使用する画像処理ソフトが異なっても、基本的な手順は共通しているため、一度流れを理解してしまえば、別のソフトに移行してもスムーズに作業を進められるでしょう。

まず、撮影した画像にはカメラ特有のノイズや周辺減光などが含まれているため、これらを補正する「キャリブレーション処理(ダーク減算・フラット補正)」を行います。次に、複数の画像を重ね合わせてノイズを低減し、信号を強調する「スタッキング処理(コンポジット)」を実施します。この段階で、画像はまだ暗く、コントラストも低い状態です。


撮影画像(ライトフレーム)
ダーク補正
フラット補正
ダークフラット補正後のライトフレーム
複数枚のライトフレームをスタッキング

ここまでの処理は「前処理」と呼ばれ、ダーク補正やフラット補正、スタッキング処理が含まれます。前処理の特徴は、撮影者の意図が入る余地がほとんどなく、誰が行っても同じ結果になることです。そのため、ソフトウェアによってはバッチ処理(自動処理)を活用し、一連の作業を一気に終わらせることもできます。

一方、スタッキングまで完了した画像をさらに調整して仕上げる作業を「後処理」と呼びます。後処理では、撮影者のセンスや技術が反映される部分が大きく、天体写真の画像処理の醍醐味とも言える工程です。ここでは、一般的な写真編集にも用いられるレベル補正、トーンカーブ、色彩強調といった手法が活用され、より美しい仕上がりを目指します。画像処理に慣れてくると、星雲のディテールを際立たせるためにマスク補正などの高度な技術を取り入れることもあります。

前処理画像の完成
レベル補正・トーンカーブ補正他
色彩強調
完成

このように、前処理は正確さと効率性が求められる工程であり、後処理は撮影者の表現力が試される工程です。どちらも天体写真の仕上がりに大きく影響する重要なステップであり、試行錯誤を重ねながら最適な方法を見つけていくことが上達への鍵となります。



次回からは実践編!撮影画像を処理してみよう

今回は、天体写真の画像処理の基本や使用するソフトウェアについてご紹介しました。次回からは、実際に撮影した画像を使いながら、具体的な画像処理の手順を解説していきます。ぜひ引き続きご覧ください。


レビュー著者
吉田 隆行氏  ホームページ「天体写真の世界」
1990年代から銀塩写真でフォトコンテストに名を馳せるようになり、デジタルカメラの時代になってはNHK教育テレビの番組講座や大手カメラメーカーの技術監修を行うなど天体写真家として第一人者。天体望遠鏡を用いた星雲の直焦点撮影はもちろんのこと星景写真から惑星まで広範な撮影技法・撮影対象を網羅。天体撮影機材が銀塩写真からデジタルへと変遷し手法も様変わりする中、自身のホームページで新たな撮影技術を惜しげもなく公開し天体写真趣味の発展に大きく貢献した。弊社HP内では製品テストや、新製品レビュー・撮影ノウハウ記事などの執筆を担当している。

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