ビクセンVSD90SSのインプレッション
ビクセンVSD90SS(以下「VSD90SS」)は、天体望遠鏡メーカーの株式会社ビクセンが製造・販売する天体望遠鏡です。2023年11月30日に発売開始され、ビクセンのフラッグシップ望遠鏡に位置づけられています。
今回は、VSD90SSをフィールドに持ち出し、天体観望や天体撮影を行いました。VSD90SSの結像性能と共に、前機種であるVSD100F3.8(以下「VSD100」)との比較についてもご紹介します。
ビクセン VSD90SS鏡筒 |
K-ASTEC TB115N |
K-ASTEC DP75-187 |
K-ASTEC TTP60-117M |
K-ASTEC H35-100 |
K-ASTEC DS38-45R-88 |
ZWO ASI 2600MC PRO |
ZWO AM5 |
VSD90SSの概要
VSD90SSは、口径90ミリの天体望遠鏡です。口径だけを見ると、初級者が使用する口径80ミリの望遠鏡を一回り大きくしただけのようですが、望遠鏡の中身は大きく異なり、VSD90SSの望遠鏡内部には5枚ものレンズが使用されています。
上は、VSD90SSの断面図です。まるで望遠レンズのような、5群5枚のレンズ構成になっています。凸レンズにSDレンズ2枚と高屈折率EDレンズ1枚を使用し、凹レンズには新開発の高性能ランタン系ガラスが採用されています。これらのレンズの組み合わせにより、屈折望遠鏡で発生しやすい諸収差を大きく抑え込んでいます。
徹底した収差補正の効果により、天体撮影で気になる軸上色収差と非点収差は非常に少なくなっています。下はメーカーが発表しているスポットダイアグラムですが、フルサイズ周辺まで針で付いたような星像が結ばれています。
撮影可能範囲(イメージサークル)も広く、35ミリフルサイズはもちろん、44×33ミリ中判サイズの最周辺まで鋭い星像が得られる光学系になっています。
VSD90SSの外観
VSD90SSは白を基調としたボディで、フードにビクセンのロゴがあしらわれています。Vixenのアルファベットロゴは落ち着いたシルバーで、文字の一部が背景の白に溶け込んだ、控えめなデザインです。
VSD90SSの全長は約60センチで、前機種のVSD100に比べて10センチほど長くなりました。しかし、鏡筒フードを取り外しできるようになり、取り外すと約40センチまで短くなります。VSD100より可搬性が高まったと言えるでしょう。
接眼部は、ラック&ピニオン式が採用されています。ヘリコイドフォーカサーが採用されていたVSD100は望遠レンズのような外観でしたが、VSD90SSは天体望遠鏡らしい外観に変わりました。ラック&ピニオン接眼部の裏側には、ドローチューブクランプが設けられています。ビクセンの天体望遠鏡では初めての試みで、重い機材もしっかり固定できるようになりました。
VSD90SSの発売と同時に、VSD90SSに適合する鏡筒バンド「VSD鏡筒バンド115S」も発売開始されました。シングル型の鏡筒バンドで、VSD90SSに合わせると美しくマッチします。
VSD90SSの写真と星像
ビクセンVSD90SSを郊外に持ち出し、春の天体を撮影してみました。 撮影に使用したカメラは、ZWO社のAPS-Cサイズの冷却CMOSカメラASI2600MCProです。ASIAIRアプリでオートガイド追尾撮影を行いました。撮影対象には、春の有名な系外銀河「M81とM82銀河」を選びました。下は、カメラのゲインを100に設定し、露出時間300秒で撮影した画像です。銀河がわかりやすいようにコントラストを強調しましたが、ダーク補正は行っていません。
元画像を一見した印象では、周辺減光は感じられず、色収差の発生も感じられません。まず、画像の一部を拡大して結像性能を確認しましょう。
上は、M81銀河を拡大した画像です。贅沢な光学設計のおかげで、色収差は感じられず、星像もシャープです。コントラストも良好で、M81銀河がはっきり写し出されています。
次に、周辺星像を確認してみましょう。下は、撮影画像の中心と周辺の星像を、ピクセル等倍で切り取った比較画像です。
各部分の星像を確認すると、中心部、APS-C最周辺部共に極めてシャープで、非点収差が良好に補正されていることがわかります。右下の星像が若干流れているのは、カメラのスケアリングの調整不足のためでしょう。画面全体にわたって非常にシャープなため、パッと見た限りでは周辺部か中心部かわからないほどです。
最後に、10枚画像を重ね合わせて画像処理後、銀河部分をトリミングした作例を掲載します。VSD90SSは色収差が良好に補正されているので、画像を強調しても星の色付が気になりません。また周辺光量が豊富なので、フラット補正を施さなくても作品に仕上げることができました。
VSD90SSの眼視性能
VSD90SSは撮影性能ばかりがクローズアップされますが、VSD90SSの視野中心は多波長ストレール強度96.7%と、同社の2枚玉EDアポクロマートSD81SⅡの95.7%を上回り、眼視性能も優れた望遠鏡です。
高い結像性能のおかげで、高倍率で観望しても恒星像は鋭く、焦点内外像も綺麗です。月面を観望しましたが、月のリムに色付きなどは感じられず、クレーターのエッジもよく解像しました。惑星の観望には少々口径不足の感がありますが、土星の環のエッジがシャープに見えたのが印象的でした。
非点収差が良好に補正されているので、広角アイピースと組み合わせて星空観望に使うのも面白いでしょう。少々贅沢ですが、星雲や星団の観望用としてもお勧めできる望遠鏡だと思います。
ただ、VSD90SSに付属している2インチアイピース用のVSD60.2-50.8アダプターは、接眼部に挿入する方式で使いにくく、いただけません。アダプターの内径の精度も低いようで、2インチアイピースを差し込んでも、アイピースがグラついてしまいます。せっかくのフラッグシップ機ですので、この点は改善してほしいところです。
VSD100F3.8との比較
VSD90SSと前機種のVSD100を比べると、光学性能の上では、VSD100の方が口径が約1センチ大きく、F値もVSD90がF5.5のところ、VSD100はF3.8とVSD100の方が約1段明るくなっています。実際に撮り比べてみると、VSD100の方が、光学系が明るい分、露出時間が短く済みます。しかし、星像はVSD90SSの方がシャープで、系外銀河などを撮影すると、得られる画像の解像力の違いを感じました。
上画像は、ASI2600Mカメラを使用してVSD100とVSD90SSで撮影した、オリオン大星雲の写真の一部拡大画像です。見比べると、VSD90SSで撮影した画像の方が、星雲のディテールがよく写っており、星像も小さく鋭くなっています。
また、眼視性能でも違いが感じられました。VSD100で恒星像を見ると、VSD90SSと比べて鋭さに欠け、高倍率での観測は不向きです。もっともVSD100は、元々明るさ重視の光学設計で、眼視には向かないと発表されているため、この点については仕方ないでしょう。
周辺光量についても、VSD90SSはVSD100を上回っています。両望遠鏡を併用してみて、VSD90SSは、VSD100の光学設計を見直し、より一段、性能を高めた改善モデルだと感じました。
撮影後の印象
今回、ビクセンVSD90SSを天体観望や天体撮影に使用した印象を、以下に箇条書きでまとめました。
・色収差が少なく、星像も大変シャープ。画像全域にわたって鋭い星像を結び、光の回折により生じる輝星の非軸対称フレアも抑えられている。天体写真で理想とされる星像を結ぶ最新の光学系という印象を受けた。
・星像が鋭いため、VSD90SSの光学性能を生かすには、正確なピント合わせが必要と思われる。標準付属のピントノブでは、ドロチューブが大きく動いてしまうため、減速装置の付いた「デュアルスピードフォーカサー」や電動フォーカサー「EAF」を是非装備したい。
・周辺光量は非常に豊富で、APS-Cサイズなら周辺減光はほとんど感じられない。そのため、フラット補正が合いやすく、ミラーボックスのケラレが発生しない冷却CMOSカメラなら、フラット補正も必要ないくらいに感じた。
・他のビクセン製天体望遠鏡と比べ、ドロチューブの摺動部分はスムーズで強度も高く感じた。ドロチューブクランプの効きも良く、重い撮影機材をしっかりと受け止めてくれた。ただ、2インチアダプターは使いにくいので、是非、改善してほしい。
・ビクセンの高性能アイピース、HR2.0ミリを接眼部に挿し込み、星像を確認したところ、色収差は感じられず、星像も鋭く、ジフラクションリングも綺麗に見えた。VSD90SSは、写真性能だけでなく、眼視性能も優れた望遠鏡だと感じた。
・星像が鋭いので、温度変化によるピントズレには敏感だが、他社製の高性能天体望遠鏡(FSQ-106ED等)に比べると、ピント位置の変化が若干マイルドに感じた。
・VSD90SS鏡筒バンド115Sは、軽量で取り回しが良い一方、個体差かもしれないが、一杯に締め付けても締め付け力が若干弱いように感じる。撮影用途なら、支持幅を広げられる、K-Astecの鏡筒バンドシステムの方が、固定力や安定感の点で優れていると感じた。
・CP+2024でVSD90SS専用のレデューサーが発表されたが、眼視性能が良いだけに、是非エクステンダーも発表してほしい。補正レンズが揃えば、マルチに楽しめる一本となるだろう。
まとめ -VSD100ユーザーとして-
VSD100ユーザーとして、VSD90SSは、プロトタイプが展示された頃から気になっていました。口径と明るさは一段小さく、暗くなりましたが、VSD100についてメーカーに改善をお願いしていた点を最大限改良した鏡筒ということで発売を楽しみにしていました。
今回、実際に撮影等に使用して、VSD100で気になっていた点が全て改善されていること、星像も一段とシャープになり、完成度の高い鏡筒に仕上がっていることを確認できました。正直、ここまでの性能の望遠鏡になるとは思っていなかったほどです。
VSD90SSは、贅沢な光学系を採用しているため、口径9センチの望遠鏡としては非常に高価です。しかし、撮影性能と眼視性能を兼ね備え、撮影用として高レベルな作品も期待できる、頼もしい一本と言えるでしょう。
現在、市場で入手できる屈折式望遠鏡の中で、VSD90SSは最高レベルの光学性能を持った撮影用鏡筒の一つと断言できます。是非、ビクセンの新しいフラッグシップ機、VSD90SSを手に取って、その性能を体感してみてください。