ビクセンVSD70SSのインプレッション

ビクセンVSD70SSのインプレッション ビクセンVSD70SSのインプレッション

ビクセンVSD70SS(以下「VSD70SS」)は、天体望遠鏡メーカーの株式会社ビクセンが製造・販売する天体望遠鏡です。VSD70SSは、フラッグシップ望遠鏡VSD90SSのコンパクトモデルとして、2024年10月11日に発売が開始されました。
今回は、VSD70SSのデモ機をお借りし、実際にフィールドに持ち出して天体観望や天体撮影を行いました。VSD90SSとの比較を交えながら、光学性能や使用感を詳しくレビューします。

使用機材
VSD70SS鏡筒 ZWO EAF

VSD70SSの概要

VSD70SSは、口径70mmの天体望遠鏡です。一見すると、初級者向けの80mmクラスの望遠鏡と大差ないように見えますが、その中身はまったく異なります。VSD70SSには、フラッグシップモデル「VSD90SS」の技術を受け継いだ贅沢な光学系が採用されています。


上は、VSD70SSの断面図です。まるで望遠レンズのような、5群5枚のレンズ構成になっています。凸レンズにSDレンズ2枚と高屈折率EDレンズ1枚を使用し、凹レンズには高性能ランタン系ガラスが採用されています。これらのレンズの組み合わせにより、屈折望遠鏡で発生しやすい諸収差を大きく抑え込んでいます。
徹底した収差補正の効果により、天体撮影で気になる軸上色収差と非点収差は非常に少なくなっています。下はメーカーが発表しているスポットダイアグラムですが、フルサイズ周辺まで針で付いたような星像が結ばれています。


撮影可能範囲(イメージサークル)も広く、35ミリフルサイズはもちろん、44×33ミリ中判サイズの最周辺まで鋭い星像が得られます。また周辺光量も豊富で、イメージサークルφ55mm最周辺の光量は90%以上と、周辺減光も少ない天体望遠鏡です。



VSD70SSの外観


VSD70SSのボディは、VSD90SSと同様に白を基調としたシンプルで洗練されたデザインです。フードにはビクセンのロゴがあしらわれており、Vixenのアルファベットロゴは落ち着いたシルバーで仕上げられています。文字の一部が背景の白に溶け込む控えめなデザインが特徴です。



鏡筒径は90mmですが、接眼部が太く設計されているため、全体的に接眼部が膨らんだ独特の形状をしています。なお、VSD70SSの接眼部のリング類は、フラッグシップモデルのVSD90SSと共通です。
VSD70SSの全長は約44cmで、VSD90SSと比べて約16cm短くなっています。さらに、伸縮式フードを縮めると約37cm、接眼アダプターを外せば約30cmまで短縮可能です。このため、カメラバッグにも収納でき、海外遠征などにも持ち運びやすい大きさになっています。



接眼部にはラック&ピニオン式が採用されており、裏側には、VSD90SSと同様のドローチューブ・クランプが設けられています。このクランプは効きが良く、重い機材もしっかりと固定可能です。また、電動フォーカサー「EAF」の固定用ネジも切られており、拡張性にも配慮されています。


VSD70SSは、別売りの鏡筒バンドで固定するVSD90SSとは異なり、鏡筒にデュアルスライドバーを標準装備しています。外観は同社のFL55SSに似た形状ですが、デュアルスライドバーは、ビクセン規格のアリミゾだけでなく、アルカスイス規格のアリミゾ金具にも対応しているため、カメラ雲台への取り付けも可能です。



VSD70SSの写真と星像

ビクセンVSD70SSを郊外に持ち出し、冬の天体を撮影してみました。 撮影に使用したカメラは、35ミリフルサイズセンサーが用いられたAstro6D(キヤノンEOS6D天体改造)です。ASIAIRアプリでオートガイド追尾撮影を行いました。
撮影対象には、オリオン座の定番構図「馬頭星雲とM42」を選びました。下は、カメラのISO感度を1600に設定し、露出時間180秒で撮影した画像を7枚重ね合わせた画像です。星雲がわかりやすいようにコントラストを強調しましたが、フラット補正は行っていません。

元画像を一見した印象では、周辺減光は感じられず、色収差の発生も感じられません。まず、画像の一部を拡大して結像性能を確認しましょう。

上は、馬頭星雲付近を拡大した画像です。贅沢な光学設計のおかげで、色収差は感じられず、星像もシャープです。コントラストも良好で、星雲の構造がはっきり写し出されています。
次に、周辺星像を確認してみましょう。下は、撮影画像の中心と周辺の星像を、ピクセル等倍で切り取った比較画像です。

各部分の星像を確認すると、中心部、35ミリフルサイズ最周辺部共に極めてシャープで、諸収差が良好に補正されていることがわかります。画面全体にわたって非常にシャープなため、パッと見た限りでは周辺部か中心部かわからないほどです。

上は、コントラストを更に強調し、彩度を上げた完成画像です。今回は天候が優れず、撮影時間が限られましたが、更に時間をかければ星雲の淡い部分までしっかりと滑らかに写し出せると思います。周辺減光が少ないため、強調処理時にフラット補正がほとんど不要で、画像処理が非常に楽な鏡筒だと感じました。



デュアルバンドフィルターで都会から撮影

都会の自宅から、デュアルバンドフィルターのアイダスNBZIIと冷却CMOSカメラASI2600MCProを使用して、バラ星雲の撮影を行いました。下は、12枚の撮影画像をコンポジットして現像処理を行った画像です。


フラット補正を行っていない画像にもかかわらず、周辺減光は全く感じられず、星雲のコントラストも優れています。下の画像は、バラ星雲の中心部を拡大したものです。星像も非常にシャープで、色ずれも見られません。都会の空で、2等星がやっと見える星空環境でも、見事にバラ星雲を撮影することができ、VSD70SSの性能の高さを実感しました。

なお、デュアルバンドフィルターは、Hα光とOIII光を通すナローバンドフィルターです。色収差や球面収差の補正が不十分な望遠鏡でデュアルバンドフィルターを使用すると、HαとOIIIでは、焦点を結ぶ位置が異なるため、星が二重ににじんで写ってしまいます。この現象は、EDレンズを使用した高価な望遠鏡でも見られることがありますが、VSD70SSでは発生せず、光学性能の高さを感じました。



レデューサーV0.71xの使用感

VSD70SSには、2024年8月に発売されたレデューサーV0.71xを取り付けることが可能です。このレデューサーを使用すると、焦点距離が273mm、F値が3.9となり、広い写野をハイスピードで撮影することができます。なお、レデューサーV0.71xの詳細についてはレデューサーV0.71xのレビューもご参照ください。
下の画像は、VSD70SSにレデューサーV0.71xを取り付け、35mmフルサイズカメラAstro6Dで撮影したプレアデス星団です。6枚の画像をコンポジットしてコントラストを強調しましたが、フラット補正は実施していません。

直焦点と比較すると、周辺部に若干の減光が見られますが、35mmフルサイズでも十分許容範囲内です。APS-Cセンサーサイズのカメラを使用する場合は、周辺部分がなくなるので、フラット補正なしでも画像処理することができそうです。

星像についても非常にシャープです。上画像は、レデューサー使用時のスポットダイアグラムを示したものです。直焦点時と比較すると星像がわずかに大きくなりますが、100μmスケール内でも鋭い星像であることがわかります。レデューサー使用時でも直焦点時と同様にシャープな星像を得られる、非常に優れた鏡筒と言えるでしょう。



VSD70SSの眼視性能

VSD70SSは撮影性能が注目されがちですが、眼視性能も非常に優れた望遠鏡です。視野中心の多波長ストレール強度は96.7%で、VSD90SSと同等です。これは、観望用としても人気の高い同社の2枚玉EDアポクロマートSD81SⅡの95.7%を上回っており、眼視でも高いパフォーマンスを発揮します。

高い結像性能のおかげで、高倍率で観望しても恒星像は非常にシャープで、焦点内外像の崩れも感じられません。月面を観望した際には、月のリムに色付きはなく、クレーターのエッジも非常に細かく解像しました。惑星の観望には口径不足の感はあるものの、木星の主要な縞模様やガリレオ衛星をシャープに見ることができ、印象的でした。
集光力を考慮すると眼視用の望遠鏡としては少し物足りないかもしれませんが、都会では月面クレーターの観望を楽しむことができ、星空の綺麗な場所では有名なメシエ天体の観望にも適しています。特に、星像が鋭いため、散開星団の観望にも適していると感じました。



VSD90SSとの比較

VSD70SSと上位機種のVSD90SSを比較すると、光学性能においては、VSD90SSの方が口径が約2センチ大きいものの、レンズ構成は共通で、F値もどちらもF5.5です。レデューサーも共用で、レデューサー使用時のF値も同じく3.9となります。
鏡筒のサイズに関しては、フードを縮めた際のVSD70SSのコンパクトさが目を引きます。また、VSD70SSは重さが3.5キロと、鏡筒バンド無しで4.3キロあるVSD90SSに比べて、約1キロ軽いため、軽量な鏡筒を求めている方にはVSD70SSをお勧めします。飛行機で持ち運ぶ際も、VSD70SSなら機内持ち込みも容易でしょう。

眼視観測では、両機とも色収差がほとんどなく、ほぼ完璧な星像を結ぶ光学系です。明るい月を観測した際は、口径の差はほとんど感じられませんでしたが、惑星観測では、口径2センチの違いによる集光力の差がわかり、VSD90SSが有利と感じました。
写真撮影については、どちらの機種も非常に優れた性能を持ち、甲乙つけがたい印象を受けました。焦点距離が異なるVSD70SSの385mmとVSD90SSの495mmでは、画角の広さが異なりますので、ユーザーが撮影したい天体の大きさに応じて選ぶのが良いでしょう。どちらの鏡筒も35mmフルサイズをカバーするイメージサークルがあり、周辺光量も豊富で、性能に不満はありません。



撮影後の印象

今回、VSD70SSを天体観望や天体撮影に使用した印象を、以下に箇条書きでまとめました。

・色収差が少なく、星像も大変シャープ。画像全域にわたって鋭い星像を結び、光の回折により生じる輝星の非軸対称フレアも抑えられている。天体写真で理想とされる星像を結ぶ最新の光学系という印象を受けた。

・星像が鋭いため、VSD70SSの光学性能を生かすには、正確なピント合わせが必要だった。標準付属のピントノブでは、ドロチューブが大きく動いてしまうため、減速装置の付いた「デュアルスピードフォーカサー」や電動フォーカサー「EAF」を是非装備したい。

・周辺光量は非常に豊富で、APS-Cサイズなら周辺減光はほとんど感じられない。そのため、フラット補正が合いやすく、ミラーボックスのケラレが発生しない冷却CMOSカメラなら、フラット補正も必要ないくらいに感じた。

・他のビクセン製天体望遠鏡と比べ、ドロチューブの摺動部分はスムーズで強度も高く感じた。ドロチューブ・クランプの効きも良く、重い撮影機材をしっかりと受け止めてくれた。

・ビクセンの高性能アイピース、HR2.0ミリを接眼部に挿し込み、星像を確認したところ、色収差は感じられず、星像も鋭く、ジフラクションリングも綺麗に見えた。VSD70SSは、写真性能だけでなく、眼視性能も優れた望遠鏡だと感じた。

・標準付属しているデュアルスライドバーは、従来のアリミゾ架台の他、カメラ雲台にも取り付けられるのが嬉しい。ただ、ガイド鏡を取り付けたいなど、鏡筒バンドも用意してほしいという要望もありそうだ。

・レデューサーとの相性も良好で、直焦点の385㎜に加えて、273㎜でも天体撮影を高次元で楽しめる。どちらの焦点距離も星雲星団の撮影に使いやすい画角なので、レデューサーも是非手に入れておきたいと感じた。



初心者の方にもお勧めしたいVSD70SS

VSD70SSを使用してみて、VSD90SS譲りの高性能な光学系が採用されていることを改めて実感しました。口径7センチの天体望遠鏡としては非常に高価ですが、その価格に見合う光学性能を持つ望遠鏡です。撮影性能と眼視性能を兼ね備えた望遠鏡として、同クラスの屈折望遠鏡の中で最高レベルの光学性能を誇るモデルと確信しました。
VSD70SSは、色収差や球面収差を徹底的に抑え込み、周辺光量も豊富な望遠鏡なので、天体撮影を始めたばかりの方でも、画像処理時の色収差や周辺減光に悩まされることなく、レベルの高い写真を撮影することができるでしょう。
以上の理由から、ベテランの方はもちろん、初心者の方にもぜひ使っていただきたい鏡筒です。高価ではありますが、余計な心配をせずに天体撮影を楽むことができると思います。また日本製ならではの優れたアフターサポートもあり、10年、20年と長期間に渡って愛用できるでしょう。


レビュー著者
吉田 隆行氏  ホームページ「天体写真の世界」
1990年代から銀塩写真でフォトコンテストに名を馳せるようになり、デジタルカメラの時代になってはNHK教育テレビの番組講座や大手カメラメーカーの技術監修を行うなど天体写真家として第一人者。天体望遠鏡を用いた星雲の直焦点撮影はもちろんのこと星景写真から惑星まで広範な撮影技法・撮影対象を網羅。天体撮影機材が銀塩写真からデジタルへと変遷し手法も様変わりする中、自身のホームページで新たな撮影技術を惜しげもなく公開し天体写真趣味の発展に大きく貢献した。弊社HP内では製品テストや、新製品レビュー・撮影ノウハウ記事などの執筆を担当している。

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